デジタル化とレプリカ
現在大乗寺では、障壁画群をデジタルアーカイブ化し、そのデータでいわゆるレプリカを製作する事業に取り組んでいます。目指すところは、襖絵を見るのではなく、襖絵を背にしてその気配を感じることが出来るものを製作することです。それ故、大乗寺では、従来の「レプリカ」と同一視されないように、「デジタル再製画」と名づけて区別化を図りました。通常のレプリカの製作では、現状か復元か、模写か印刷かの選択から始まります。大乗寺の場合は、現状を印刷で再現する方を選択しています。デジタル再製画の製作は、先ず作品をアーカイブ化します。ここでは、襖絵をアナログのカメラ(フィルムサイズ:8インチ×10インチ)で撮影したものを、スキャナーでデジタルデータ化(1000dpi:通常の印刷では、400dpi)します。そのデータをコンピュータ上で処理していくわけで、具体的にはPHOTSHOPを使っての製版、調色、印刷となるわけです。
昔操った杵柄
ここで問題は、金箔貼りの和紙が被印刷体ということです。従来のレプリカの場合オフセット印刷で洋紙に金インキで金箔の調子を印刷していましたが、金インキは、金属粉を使っているため、金箔の金属鏡面の再現ができないという限界がありました。また洋紙では、和紙の持つ風合いが再現できないという問題もあります。そのためどうしても、金箔貼りの和紙に印刷する必要があったわけです。ところが、従来の金箔貼り和紙は、金箔と和紙の接着強度が弱く、オフセット印刷時に金箔がインキ側に取られてしまうことです。もう一点は、浸し水により和紙の寸法が変わってしまうことです。オフセット印刷は平版印刷ですから、油性のインキを付着させる親油性の画線部と、水を保つ親水性の非画線部が同一平面上にあります。印刷の前に水(浸し水)で版面を湿らせ、次に油性のインキをつけると、水と油の反発作用で画線部にのみにインキが付いて印刷できる仕組みです。それ故、通常の和紙には適さない印刷方法といえます。
そこで、エポキシアクリレート系の紫外線硬化樹脂を接着剤として用い、水に対する寸法安定性を改善した和紙に金箔を張り合わせることで、オフセット印刷可能な被印刷物が開発されました。まさか今になって坊主である私が、エポキシアクリレートなどと向かい合うとは思っても見ませんでした。おまけに、出来上がった印刷物の耐候性等についての印刷関連の意見や、インキのことまで口出しまでしてしまう変な坊主になってしまいました。過去の経験をそのまま使えてしまう不思議さいうか、化学の世界の中に未だに居る自分の姿に気づいたり、仏教用語よりも、化学用語の響きのほうが快い時があったりする自分にあきれたりしています。
20年以上前の経験がいまだに役立つということは、印刷関連の接着剤、顔料の技術の基本はさほど進歩していないのかとも思ったりします。コンピュータを使ったデジタル化、製版等は格段の進歩が窺えます。デジタルカメラ(スキャナー)を使ったデータ化がもう一歩というところまで来ているようですが、現在のところ、レプリカ製作過程で、入口の写真撮影(アナログ)と出口の印刷(色再現)だけは、まだ人間の目が関与するアナログが絶対的であるようです。